我楽多箱 第8話「雨」

−教室− その日は昼頃から雨が降っていた。 いつも星也は、屋上でのんびり昼休みを過ごすが、 雨が降った時はいつも教室で会話をかわしていた。 「それは…そいつがおかしいよな?」 5人くらいの女子の輪の中心にいた星也が明奈の方を向いて話す。 「でしょ?おかしいよね?」 「えー?明奈も少し悪くない?」 「そうかな〜?」 「でも、向こうだって…」 ふいにドアがけたたましい音をたてて開いた。 「ほら、授業始めるぞー、席につけ!」 「おっと、授業だ…」 席に着いた時、隣の席の日山が話しかけてきた。 「よ〜ぅ。新井ぃ。  天才中学生投手は女の子にも手が早いよーだな。  こないだも野球部になんか女の子が来ていたし。  制服から言ってパワフル高校か?あれは」 「その呼び方はヤメロって言っただろ?  普通に星也とかでいいって。  だいたい手が早いつったって…話していただけだぞ?  それにこないだ来た奴だって、別に何でもない」 「その話すだけってのが結構重要なんだな〜  話さなければ全て始まらないと僕は考えている。  話し合うことで人は和解できるのだ」 「じゃあ、話しかければいいだろうが」 星也がペンケースからシャーペンを取り出す。 「ふ〜ん…お前みたいな図太い奴には永遠に  僕の心は分からないんだろうな〜。  ああ、自分から話せばいいのに話せない…  このピュア〜な心がふとブレーキをかけてしまうんだな〜…」 「……あっそ」 「まあ、どうせ彼女達はいずれ僕が…」 日山が振り向くと、星也は前の席の女子に英語を教えていた。 「だから、これはingが付いてるだろ?だから前のareと  くっついて…で、これが時を表しているから第三文系だな」 「あ、そっか!ありがとう星也君!」 「今にみてろよ…星也……」 日山が女子には聞こえないようにそっと呟いた。 −放課後− 「今日の部活はミーティングだってな」 カバンを背負いながら星也が明奈にはなしかける。 「ふーん…それより祐一郎君どうするんだろ?  傘持ってきて無かったよね?」 「ん?アイツなら平気じゃねーか?  "ふん。雨なんか俺様の力を持ってすれば防げるのだ"  とか言っていたしよ」 星也がそっけなく答えた。 −部室− 「さて…と、みんなも知っている通り、  もうすぐ甲子園の地区予選が始まる。  組み合わせはもう発表された。順当にいけば、  だいたい決勝にはパワフル高校が来ると思う。  パワフルの要注意人物は刃波 富呂之(はわ ふろゆき)だな。  少し、左投手には弱いが、後はなんでもソツ無くこなす好選手だ」 「へえ…そう言えば、祐一郎。お前、なんか会った事あるつってたよな?」 「ひゃい?」 ズブ濡れになる事を確信している祐一郎は力無く答えた。 「もしもーし、祐一郎くーん?」 祐一郎はピクリとも動かなかった。 「…駄目だな、コリャ」 頭を軽くかいて星也が呟いた。 −新井家− 「ただいま…」 星也が濡れて垂れ下がる前髪をかきあげた。 「よー、星也」 リビングのソファに星一が座ってくつろいでいた。 テレビでは東京ドームで行われている巨人vs阪神戦が映っている。 「…?父さんなんでいるの?」 カバンをタオルで拭きながら星也が訪ねた。 「雨で今日の横浜戦は中止。明日も移動日だからな、  球団にまた無理言ってこさせてもらった。  やっぱ、一番落ち着くのはココだし…  ん?どうした、星也。随分ずぶぬれになって。  お前もシャワー浴びるか?今、星満が浴びてるけど。」 バスルームの方からは、雨とは違う水の落ちる音がしていた。 「ああ、そうさせて貰うよ。ったく祐一郎のヤツ…」 「ん?なんだ、祐一郎にやられたのか?」 「まあ、そう言えばそうなんだけどね…」 テレビから大きな歓声が上がった。 直人がゆっくりダイヤモンドを回っている。 「お、直人がスリーラン打ったぞ、珍しいな。  直人だから1点は入ると思ったが…  これで5−0か…やっぱ強いな、巨人は」 直人がホームインし、画面には大きく「5−0」と表示された。 「2回で5点か…こりゃキツイな阪神は」 「ああ、明彦が投げてるし…今日は多分、巨人の勝利だろうな」 キュッと音がして、水の音が一旦止まる。 バスルームのドアを開けて星満が頭を拭きながら出てきた。 「おーす、星也君。またお邪魔してるぞ」 「あ、こんにちは。じゃあ、俺浴びてくるよ」 星満と入れ違いに星也がバスルームに入った。 再び、シャワーの音が小さく部屋に響きだした。 「そう言えば、もうすぐ甲子園だよな、あかつきはどうなんだ?」 テレビから再び歓声があがった。また巨人が点を入れたらしい。 「良くはわからんが、まあ出れるだろうな。  三年の一ノ瀬っつーピッチャーは結構良いって話しだし、  星也も投げればそこそこ行くだろ、  二年生のもいいヤツが揃っているらしい。  とりあえず東京代表の1つはあかつきだろうな…  そうだ、お前城南の白斗ってヤツ知ってるか?」 星一が冷蔵庫から麦茶のタンクを取り出した。 「あら、麦茶か…俺はウーロン茶の方が好きなんだけどな…」 文句を言いながら麦茶をコップに注いだ。 「城南ってウチラの高校だろ?知らないな、そんなヤツ」 「なんでも、ソイツがいいバッターらしくて、  監督が俺に電話してきたな。…そう言えば、  なんか星也と勝負をしたとかも言っていたな…」 「へえ、星也とか?結果は?」 「白斗のセンター前ヒット。アイツもまだまだだな」 星一が麦茶を一気に喉に流し込む。 体中に冷たさが広がり、苦みが口に残った。 「アイツの速球は良いんだけど、それだけだから、  打てない事もないんだよな」 「ああ。前から変化球を教えてやろうかって言っても、  ストレートで頑張る…とさ」 星一がコップを机の上に置く。 「まあ、アイツの球を打てる高校生なんて、  ざらにいないだろうから、しばらくは平気だろうな」 「ああ…多分な」 「多分?随分弱気だな…」 星満が上のTシャツを着ながら喋った。 「野球ってのはやってみない事にはわからないからな」 「それもそうだな」 星一は窓の外で絶え間なく降り注ぐ雨の粒を見ながら 冷え切った麦茶のタンクを冷蔵庫に戻してから、 リモコンを操作してテレビのスイッチを切った。 歓声が無くなり、再びシャワーの音が部屋に響く。 地区予選開幕まで、あと一週間の日の事だった。