我楽多箱第十二話「懐かしさの果てに」
−甲子園入り口−
「うーん…来る気配なしか」
辺りを見回しても祐一郎の影も形も無い。
「ったく…何してんだ?アイツは…しゃーねー。ヤボ用にでも行くか」
響介「ヤボ用ってーのは俺の事か?星也」
背後には長身の男が立っていた。
「きょ、響介?」
この長身の男、本名城戸響介。
中学時代には祐一郎に苦汁をなめさせられていた。
「んーだよ、そんなに驚く程でもねーだろ」
「まさか、一回戦とはな」
「俺の日頃の祈りの成果だな」
「なんだ、まだ根に持ってるのか?中学校の頃の」
「あたりめーだ。アイツはいっぺんでもブチのめさねーと気がすまねぇ。
 …で、星也。こんな所でお前は何やってんだ?」
「え、あ、その…だな、ウン」
言えなかった。祐一郎にリベンジを決め込もうと
甲子園にまで乗り込んだ男に「祐一郎は出れない」なんて。
「…まあ、いい。お前と戦うのも目的の1つだ。
 中学時代はろくにヒットも打てなかったが今回は違うぞ」
「ほーう、そりゃあ、油断大敵だなぁ」
「…油断すんなって」
「冗談!俺はいつだって油断してボールを投げた事はねーよ」
「そうか、安心したぜ…じゃあ、俺は一旦控え室に戻るわ」
「おう、後でな」
響介は廊下の奥の方へと消えていった。
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数分後、入り口に祐一郎が現れた。
「よー…」
「ははは…」
祐一郎がさんざん星也に叩かれた事は言うまでもあるまい。
「ったく…じゃ、行ってくる」
「あぁ、応援してるぜ」

−控え室−
「ただーいまー…」
星也がゆっくりとドアを開けて控え室に入った。
「やあ、星也君。祐一郎君は来てたかい?」
「あー。来てたよ。流石にへこんでたわ」
「ここまで来てへこまない人はいないよ」
「ホントにアイツは…」
佳那がバックをロッカーにつめこんでからため息をついた。
「祐一郎君は試合に出れないの?」
明奈もまたバックをロッカーにつめこんでいた。
「無理だって。まあ、いささか自業自得さ」
「いささかというか全てにおいて彼の責任さ」
翔は栄養ドリンク剤を一気に飲み干した。
「まあ、いい!祐一郎が甲子園で
 野球できるように、俺等が頑張るしかねー!」
「僕がいる限りこのまま帰るなんて事は有り得ないけどね」

−あかつき高校側ベンチ−
「とりあえず彼は来たんだね」
「はい。へこんでましたが」
「まあ、良い。まずは一回戦だ。星也。お前にマウンドは任せたぞ。
 あかつきの名に恥じないピッチングをしろ」
「はい!」

暑い陽差しが照りつける中、お互いの高校のナインが集まった。
気温はまだまだ上昇していきそうである。
礼をかわし、あかつきナインがグラウンドに散らばる。
「よし、星也。初戦だ。キンチョーしてねーだろうな?」
二宮がマウンド上で星也との打ち合わせをしていた。
「そりゃあ、しますよ。俺は一年坊ッスよ」
「…まあ、俺のリードに付いてこい」
「はい」
二宮が守備位置に戻りマスクを被った。
矢吹高校の一番打者がバッターボックスに入る。
ウ〜〜〜〜〜〜
サイレンが甲子園に鳴り響く。
その音は星也を歓迎しているかのように思えた。
何年も前に父である星一はこのマウンドに立っていた。
その事を考えた途端、星也は胸が高鳴っていくのを感じた。
暑い甲子園が今、開催された。
二宮がミットを構え、サインを出した。
頷いてモーションに入る。
撓った腕から繰り出されたボール。
そのボールは矢の様に飛んでいき、二宮のミットに治まった。
ストライクだった。
その瞬間にスタンドから歓声が沸き上がる。
球の速さは実に148km/h。
バッターには反応する事すらできなかった。
その後、星也は一度もボールゾーンに行く事なく、三者三振にしとめ
一回の表を無事に終えた。

−一回の裏−
アナウンス「一番、ピッチャー新井君」
スタンドから再び歓声が沸き上がった。
相手のピッチャーが萎縮しているのは誰の目にも明らかだった。
その中で投じた迷いの一球。
星也がこれを見逃すはずは無かった。
打球は真夏の果てしなく青い空を突き抜けてライトスタンドまで到達した。
甲子園に歓声が鳴り響く。
ゆっくりとダイヤモンドを一周してホームベースを踏んだ。
全国のスカウトが新井星也に注目し始めた瞬間だった。

しかし、その後矢吹高校の投手は乱れる事無く、
安打を浴びながらもその後の得点は許さなかった。

−二回の表−
歓声が更に大きくなっていく。
四番打者である城戸響介の打順だ。
軽くバットを振り、響介が打席に入る。
そして、その鋭い目で星也の方を睨んだ。
星也は先ほどよりもゆっくりと、
確かめる様に投球モーションに入った。
そして、繰り出された第一球。
ガキッ!
ニブイ音が響く。ファールだった。
「…へ、やっぱり、素通りって訳にはいかねーみたいだな」
二球目もファールにされた。
甲子園の気温は上昇を続けている。
星也の耳にセミの声が入ってきた。
そして、軽く一息ついて投げた三球目。
カキーン!
今までとは対照的に澄んだ音。
星也の頭上を越えてバックスクリーンに飛んでいく。
打球の行く末を見ようと星也がふりかえった瞬間、
すでにボールはバックスクリーンを捉えていた。