我楽多箱第十三話「決着」
「どうした?腕が振れてなかったぞ」
響介がホームインした後すぐにタイムをかけた二宮が
マウンドにかけつけてそう言った。
「ああ。まあ、少し…」
「お前の走ってる球ならホームランなんて事はまず無い。
 俺のリードしたところに構わずぶち込んでこい。いいな」
二宮がマスクを被りながら守備位置に戻っていった。
星也は少し考え事に走っていた。
腕が触れてなかった。
実際そうなのかもしれない。
事実この甲子園で響介と対峙すると
判明した瞬間、身震いか武者震えかは分からなかったが、
体にゾクッと何かを感じた。
そして、今響介にホームランを打たれた。
中学時代ヒットはよく打たれても
ホームランを打たれた事は無かった。
だが、今は完璧に捉えられた。
今まで俺が見たことが無いくらいに。
俺の腕が触れてないだけだったのだろうか。
それとも………
「プレイ!」
突然響いた審判の声で星也は我に戻った。
(へ、何弱気になってんだ。俺らしくもない…)
額の汗をぬぐって投じた一球。
打者の胸元えぐるようなストレート。
審判の「ストライク」のコールが高らかに響くと同時に、
スタンドが大きな歓声にわき上がる。
そうだ、自分のプレーをまっとうするんだ。
再びストライクのコール。
相手が誰だろうと関係ない。
自分は自分のプレイをまっとうに…
そしてまたストライクのコール。
三球三振にしとめた。

まだ1−1。振り出しに戻っただけだ。
そう考えてベンチに座った。
気温は30度。まだまだ暑くなりそうである。
二回の裏は矢吹高校のピッチャーがランナーを
出しながらもなんとか0に抑えていた。
その後、両投手ともに好投が続き早くも7回の裏、
ついにその均衡が破られたのだった。

『入りました!七井=アレフトツーランホームラン!』
七井が小さくガッツボーズを提示して、ベースを回っている。
あかつき高校がついに3−1と矢吹高校を突き放した。

8回の表
『さあ、8回の表の攻撃も二死となってしまいました。
 バッターは2番打者、大森です。投げて…あっと打ちました!
 しかし、これはセカンドゴロ…』
ショートの六本木がボールの前に来て
打球を処理しようとしたが、うっかりボールをこぼしてしまった。
実況『ああっと、エラーです!六本木エラー!』
「ご、ごめん星也君」
六本木がマウンドに向けて謝った。
「ああ、平気ッス。俺エラーは気にしないですから」
「でも…やっぱり申し訳ない事じゃないか」
「なーに言ってるんすか、野球ってそういうものでしょ。
 エラーもある。ファンブルもある。絶対的な強さなんて無い。
 だからこそこうやって燃えられるんじゃねーんですか?
 なーに、バッチリ抑えてやりますよ!」
「…うん、そうだね。わかったよ!」
星也がセットポジションに入り、ゆっくりと足をあげる。
『さあ、星也君。セットポジションから…投げた!』
カキーン!
『ああっと右中間を抜けました、ヒットです!』
・
・
・
二死ランナー1・3塁。
そして、四度目の響介の打席が回ってきた。
ゆっくりと足場を固めて、響介が打席に入る。
歓声も正にクライマックスを知っているかの様に声を張り上げる。
再びセットポジションで投げた球を響介がレフトまで運ぼうとした。
「ああっと、大きい!しかし…これは切れます。
 …と、この打球を七井選手が追いかけていきます!
 フェンスに当たって落ちるか、取ればチェンジとなります!」
「な、七井さん…」
七井が宙に舞った。完璧なタイミングだった。
が、ボールには一歩届かずフェンスに直撃した。
ゆっくりと起きあがった七井は右腕を押さえていた。
その様子を見て、千石監督がタイムをかけて、救護班を向かわせる。
「大丈夫か、七井」
「なんとかナ。だが、試合は続けられそうにナイ」
「…そうか、仕方がない。交代だ」
七井がゆっくりと立ち上がって星也の方を見た。
「…先輩…」
「ワインドアップで投げロ」
突如七井が口にした言葉は、星也にとって意外なものだった。
「その方が威力が出る。もう、ツーアウトダ。
 アイツを三振に取ればランナーなんて関係ナイ」
七井は響介の方を指さした。
「…わかりました」
「またすぐにココで試合させてくれヨ」
そう言い残して七井が甲子園を去った。

もはや星也に迷いは残って居なかった。
ランナーを気にせずワインドアップで投げた渾身の力。
星也も疲れているが、勿論響介も疲れている。
その気迫ある球にかする事さえ無かった。
─そして、迎えた最後の打者。
星也は自分が肩で息をしているのが分かった。
だが、今はそんな事を気にしている場合では無かった。
七井さんを再びこの甲子園のグラウンドに立たせなければならない。
この試合だけはどうしても負ける訳には行かなかった。
ツーストライクに追い込んでから投じた三球目。
見事にストライクゾーンを追加し、二宮のマットに収まった。
審判のゲームセットの声が響く。
星也が小さなガッツポーズをあげた。

「“常勝”あかつき一回戦白星」
この見出しが明日のスポーツ新聞を独占する事となった。