我楽多箱第十五話 波乱
いつもより目覚めが悪かった。
いや、最悪と言っても過言では無かった。
試合での疲れと言う訳では無かった。
そもそも試合は二日前だった。
疲れが残っている訳がない。
「ふー…」
体を起こし、右手で頭をかかえ、軽いため息を吐いた。
「今日か…」
ふと窓の外を見ると、天候は今日も快晴だった。

−食堂−
食堂にはまだ人がいなかった。
当然だ。食事の時間まで30分もある。
特に何をする訳でもなく星也は食堂の椅子に座った。
決勝戦。
白斗と戦う時が来た。
ここ数日のスポーツ新聞は今季独走状態のカイザースと
星也と白斗の対決に関する報道がほとんどであった。
TVニュースの甲子園のコーナーでも、
連日星也と白斗の話題。
そして、どっちが勝つだのうんぬんを
偉そうなおじさんが話しているのを星也は見ていた。
最もそれらの話を真に受ける訳は無かったが、
その批評の大概は白斗に軍配が上がっている気がした。
そんな事を黙々と考えているウチに、食事の時間がやってきた。
選手がちらほらと食堂に入っては星也に声を掛けていく。
「おーす」
「体平気か?」
「いよいよ今日だな」
「悔いの無い試合にしよーぜ」
そんな感じだった。
最も、星也はなんて答えたのかは自分では分かっていなかったが。
そしてそのウチに翔もやってきた。
星也の隣の席にガタと音をたてて座る。
「おはよー星也君」
「あ、ああ…」
星也の話し方に疑問を抱いたのか、
翔は眉をしかめた。
「どうしたんだい?まさか、緊張しているのか?」
「まさか」
それだけを言い残して星也は食堂を立ち去った。

そして、試合の時間がやってきた。
ユニフォームに着替え、後ろ髪を束ねながらバスに乗り込んだ。
「ついにここまできちまったな」
星也が隣の席の明奈に話しかけた。
窓の外を眺めていた明奈が視線をコチラに戻した。
「あ、ウン…ホントにねぇ…
 今度は白斗君だよね」
「ああ」
段差にさしかかりバスがガタンと揺れた。
「勝ってよね」
「さーな」
珍しい答え方だった。
「何よ。自信無いの?」
「無い訳ないけど、あるともいえず…ってトコかな」
「珍しいわね、そんな星也」
「まー。もともとこの世に絶対なんてコトバねーからな」
「それも…そうね」
再び明奈は視線を外に追いやった。
晴れ渡った空。
バスのエンジン音の裏にはセミの声がかすかに聞こえた。
空には入道雲。
大きな空に居ながらも存在感を隠せない、大きな入道雲だった。

−甲子園−
ブルペンには入念な投げ込みをする星也の姿があった。
バシィっと大きな音が響き渡り、二宮がマスクをあげる。
「おーっし。こんなもんだろ。
 後は緊張しなきゃ行けるぜ」
「どーもどーも」
「よっし、そろそろ試合時間だ。
 …きばっていくぞ!」
「はい!」
・
・
・
そして、甲子園決勝戦が開始された。
星也のストレートが心地よいくらいに
決まっていき、一番打者を三振にしとめたのだった。
そして、今大会の注目打者、白斗との戦いになるのだった。
スタンドから歓声がまき上がる。
城南高校の応援団の動きも、チアガールの動きも大きくなっていった。
白斗専用のテーマが流れていた。
たった一夏で、もはやこの甲子園で定番となってしまった曲だった。
TVのついている家庭のほとんどが甲子園を映していた。
喫茶店や、電気店。その他ほとんどのTVは甲子園を流していた。
裏番組である生放送のバラエティーでも甲子園の話題が登ったほどであった。
デイゲームを行っている球団のベンチのTVも甲子園だった。
勿論それは星一にとっても例外では無かった。

−広島市民球場−
デイゲーム開始より一足お先に球場に来ている二人組が居た。
勿論、星一と星満である。
ベンチに座って二人で話をしていた。
「…マジなのかねぇ。明彦の奴」
「マジなんだろ。アイツが冗談言うわけねーって」
「寂しくなるなぁ…」
星一が苦笑を浮かべた。
からっぽの空気の様な笑いだった。
「さて、そろそろ甲子園始まるんじゃねーか?」
「おっ」
慌てて星一はベンチに備え付けてある
テレビのチャンネルをいじりだした。
そして、マウンドに立つ星也の姿が映し出された。
どうも、画像が安定していない。
「おー、始まってるぜ」
TVのアンテナをいじりようやく安定した画像が映し出された
テレビを軽くたたきながら星満に話しかけた。
「デイゲーム開始まで1時間。
 まー、それまで楽しもうじゃないか」
カウントは0−2だった。
「随分と慎重だな、バッテリー」
「ふーむ…」
星満がふいにガタッと立ち上がった。
「ジュース買ってくらぁ。
 お前、何飲む?」
「オイオイ、見ないのかよ」
「この打席は白斗の方に軍配があがるな」
「へ、なんでだ?」
「…とりあえず買ってくるからよ、何がいいんだ?」
「…じゃー、カルピスソーダ」
「はいよ」
星満がベンチを立ち去ったまさにその瞬間、
白斗が右中間を破るヒットを放ち、三塁打を決め込んでいた。

−甲子園−
星也が帽子を脱いで汗を拭った。
1死ランナー3塁。
バッターは三番打者だった。
星也がセットポジションに入る。
振りかぶって投げた一球。浅いレフトフライとなった。
『打ち上げました。浅いです。
 これはタッチアップは無理でしょう』
ゆっくりと七井がボールをキャッチした…その瞬間だった。
白斗が三塁ベースを離れホームに突進している。
『タッチアップです!意表を突いてきました!
 七井、慌てて送球します!これは良いボール!』
慌てて星也がキャッチャーの後ろにカバーに入る。
そして、ホーム寸前、ボールが白斗を追い越した。
二宮がキャッチして素早くタッチの動作に移る。
白斗はすでにスライディングを始めていた。
土煙がまって二人が衝突する。
土煙がほんの少し晴れた頃、高らかに審判が叫んだ。
『セーフ!セーフ!』